第101章

                えることなく数十分は続いていた、雨合羽の連撃が、停まった。唐突に、停まった。それは――僕が待ちかねていた、隙だった。しかしそれでも、僕は、作戦通りに雨合羽を組み敷くことなどできなかった。腹部に大穴を開けられたダメージに回復の目処が全くたっていなかったということもあったけれど、その行動に出るための意識が既に途切れかけていたからということもあったけれど、しかしそれ以上に――僕もまた、硬直してしまったからだ。多分、雨合羽と同じ理由で。よせんりついっせつなめど348試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中硬直して、しまった。「……随分とはしゃいでいるわね」教室の扉が開いた。内側からは決して開かない扉が、外側から。そして、中に這入って来る。私服姿の、戦場ヶ原ひたぎ。「私抜きで楽しそうね、阿良々木くん。不愉快だわ」感情の読めない表情――平坦な声。この惨状を見ても、少し眼を細める程度だ。常に――前触れもなく現れる。ベルトを巻いていないジーンズに同色のインナー、サイズが大きめのざっくりとしたパーカー、緩く後ろで結んだ髪という、まるで部屋着のまま家を出てきたかのような、私服姿の戦場ヶ原ひたぎの姿だった。「せ、戦場ヶ原……」腹に風穴が開いている所為でうまく喋ることができない――声にならない、戦場ヶ原に向かって呼びかけるのも難しい。どうしてここに?そう訊きたいのに。けれど訊くまでもなく、そんな答はわかりきっていた。忍野の奴が呼んだに決まっている――この問いに、それ以外に解答などあるものか。しかしどうやって? 忍野が戦場ヶ原に対して、連絡手段なんて持っているわけがない――戦場ヶ原ひたぎが、嫌っている忍野メメに、携帯電話の番号を教えるわけがない。その機会さえなかったはずだ。携帯電話?ああ、そうか。あの野郎――個人情報保護の理念なんて小指の先ほども考慮せず、プライバシーを完全無視して、僕の携帯電話を勝手にいじりやがったんだ。この教室に入る前に、忍野に預けたリュックサックに入れた、あの携帯電話……とりたててパスワードでロックをかけていたわけじゃない、いくら忍野が機械に不得手でも、時間をかければ、アドレス帳や着信?発信履歴程度は、探ることはできるだろう。携帯電話の使い方だけならば、あの母の日に、ある程度戦場ヶ原からレクチャーを受けていたはずだし――だが、何故。一体何のために、よりにもよってこんな場所に、よりにもよってこんなシチュエーション349試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中に、忍野は、戦場ヶ原を、呼んだのだ――途端。雨合羽が、後ろ向きに跳ねて、天井と壁をそれぞれ二、三回ずつ経由して、僕からずっと離れた位置、教室の角から角へ、対角線の位置へと移動した。どうして?後一撃で、勝負は決まるのに。願いは叶うのに。ひょっとして、神原駿河としての意識が、戦場ヶ原ひたぎが教室に現れたことによって、雨合羽に提供した無意識を、一時的に抑えつけたのか? ということは、それが戦場ヶ原を呼んだ、忍野の狙いだったのか? けれど、そんなの、一時的な処置に過ぎないじゃないか。レイニー?デヴィルは、人間のネガティヴな感情を糧とするのだから、それ自体が解消されないことには、何も変わらない。昔の海外映画よろしくの、愛の力で全てが解決するなんてことが、あるわけがないのだ。戦場ヶ原を呼ぶくらいなら、お前が来いよ、忍野メメ!戦場ヶ原は、しかし、そんな雨合羽の行動など一切合財まるでちっとも興味がないとばかりに、じろりと、冷酷な眼で、ほとんど瀕死状態の僕を、きつく睨んだ。それはまるで、獲物を狙う猛禽類の眼のようだった。「阿良々木くん。私に嘘をついたわね」「……え?」「電柱にぶつかったなんて、私を騙して、神原のことも、秘密にして。付き合うとき、約束しなかったっけ? そういうことをするのは、なしにしようって。私達は少なくとも怪異のことに関して、互いに秘密を持たないって」「あ、いや……」それは――そうなんだけれど。忘れていたわけではないんだけれど。「万死に値するわ」酷薄に、笑顔を浮かべる戦場ヶ原。雨合羽に思う存分ボコられているときにさえも感じなかった膨大な質量の恐怖が、身体中を電撃のように走り抜ける。怖い……マジで怖い、この女。メドゥーサかこいつは。どうすればそんな眼で、他人を……ましてや恋人を見ることができるんだ? って、おい、本当かよ。そもそもそれは、今この状況で、この状態の僕を相手にするような話なのだろうか? お前には場の空気を読むということができないのか、戦場ヶ原。「……でも、まあ、阿良々木くん、既に一万回くらい、死んだ後みたいだし?」ひんしもうきんるいあたい350試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中戦場ヶ原は――扉を開け放したままで、教室の隅でうずくまる僕に向かって、その後ろ足を、踏み切った。「特別に、許してあげようかしら」いや。さすがに一万回は死んでないと思うけれど。雨合羽は、戦場ヶ原のその動きに、敏感に反応する――同じように、僕を目掛けて、駆けて来た。期せずして行われる、中学時代には実現しなかった、戦場ヶ原ひたぎと神原駿河との、徒競走だった。直線で結べば戦場ヶ原に較べて雨合羽は僕からの距離が数字にして倍くらいあったが、しかし戦場ヶ原は元陸上部のエースとはいえ二年以上のブランクがあるし、まして今は、雨合羽の脚力は神原の力を借りている――否、悪魔そのものと化している。動けない僕の地点に、先に辿り着いたのは、当然、神原の方だった。ここぞとばかりに雨合羽が、僕に向かって、最後の一撃としての左拳を振りかぶり――そのタイミングで、戦場ヶ原が、遅まきながら、僕と雨合羽の間に割り込むように、到達する。危ない。と、思うほどの隙間もない。雨合羽は――衝突の寸前で、後ろに弾き飛ばされた。弾き飛ばされた? 誰が今の雨合羽を弾き飛ばせる。僕には無理だし、戦場ヶ原には尚更、そんなことは不可能だ。ならば、弾き飛ばされたのではなく、順当に、雨合羽は自分から、後ろに跳んだと見るべきだろう。その結(继续下一页)六六闪读 663d.com