第98章

                ボール部のエース。切り落としてくれ――と彼女は言った。忍野から、その左腕が猿の手ではなく悪魔の手であり、願いは、神原が願った通りに叶えられただけだという、ロクでもない、暴かれなくてもいいような真相を、暴かれてしまった直後……数秒だけ目を伏せた後で、しかし気丈に顔を起こし、僕と忍野を交互に見て、そう言った。「こんな左手、いらない」神原は言った。さすがに、あの笑顔は、表情にはない。それは――奇しくも、彼女の尊敬する先輩の、現在のパーソナリティ……平坦で、淡白で、感情を感じさせない、口調だった。「切り落としてくれ。切断して欲しい。頼む。面倒かけるが、お願いする。自分で自分の腕を切り落とすことはできないから……」「や、やめろよ」僕は慌てて、差し出されたような形のその腕を、神原に押し返すようにした。毛むくじゃらな感覚が、手に気持ち悪い。ぞわっとする。ぞっとする。「何馬鹿なことを言ってんだ――できるわけがないだろ、そんなこと。バスケットボールはどうするんだよ」「さっき忍野さんに言われた通りだ。私は、人間一人を殺そうとしたのだぞ。それくらい、当然の代償だろう」「い、いや――神原、僕はそんなこと、全然、気にしてないって――」く338試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中滑稽、道化。なんて的外れな言葉だったのだろう。僕が気にしているかどうかという問題じゃない。まして、僕が許せるかどうかも、この際、本来的には全く関係ないのだ――問題は、神原駿河が、神原駿河を許せるかどうかということだった。同級生を傷つけたくないからと、走り続けた彼女。ネガティヴな感情を全て抑えつけ、圧倒し。封じ込めてきた、彼女。その意志の強さが――逆に、自身を縛りつける。戒める。「だ、大体、切り落とすなんて、ありえないだろ、そんなこと。馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。何考えてんだ。馬鹿、お前、本当に馬鹿だよ。何でそこまで物事を、短絡的に考えてるんだ。本気にするようなアイディアじゃないだろう」「そうか。そうだな、腕を切り落とすなんてこと、誰かに頼むべきことではなかったな。頼まれたからといって、はいそうですかと実行できるようなことでもないか。わかった、自分でなんとか、その方策を考えよう。自動車や電車の力を利用すれば、どうにかなるだろうから」「それは――」自動車や電車なんて。それじゃあ、まるで自殺じゃないか。自殺行為じゃなく――自殺そのもの。「切り落とすなら、いい方法があるよ? 阿良々木くん、どうして教えてあげないんだい、困っている人間に対して不親切だなあ。そんなの、忍ちゃんに協力してもらえばいいんじゃないか。刃の下に心あり――彼女の虎の子のブレードを使用すれば、痛みを感じる暇もなく、その左腕を切断することが可能だろう。今の忍ちゃんのブレードじゃ、往年の切れ味はないだろうけれど、それでもお嬢ちゃんの細腕を切り落とすくらい、豆腐でも切るように朝飯前だよ――」「黙ってろ、忍野! おい神原! そんな思いつめるようなことじゃないだろう! お前が責任を感じることなんて、ちっともないんだ――そんなの、はっきりしてるじゃないか! これは全部、猿の手……じゃない、レイニー?デヴィルとかいう怪異が元凶で――」「怪異は願いを叶えただけだろう?」忍野は黙らなかった。尚も雄弁に尚も能弁に、言葉を繋ぐ。げんきょうゆうべん のうべん339試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中「求められたから、与えただけだろう? ツンデレちゃんのときも、そうだったんじゃないのかな? 春休みの阿良々木くんのときはケースが違うんだよ。忍ちゃんのケースはそれとは全然違う――阿良々木くん、きみは怪異に何も願わなかったんだ」「…………」「だから――阿良々木くんに、お嬢ちゃんの気持ちはわからない。お嬢ちゃんの自責もお嬢ちゃんの悔恨もわからない。決して」そう言われた。「ちなみに、原典の『猿の手』において、最初に猿の手を使った人間は、一つ目の願い、二つ目の願いを叶えた後、三つ目の願いで、自分の死を願ったそうだ。その願いが何を意味しているのかなんて、いちいち説明の必要があるのかい?」「忍野――」言っていることは、正しい。でも、忍野、お前は間違っている。僕は雨合羽に相対したまま――膠着状態に陥ったがごとく、動けなくなった中で、ゆっくりと回想する。だって、僕にはやっぱり、わかるんだから。痛いほど、心の傷が、痛むほど。戦場ヶ原ひたぎの気持ちも。神原駿河の気持ちも、わかるんだから。いや、やっぱりわからないのかもしれない。ただの傲慢な思い上がりなのかもしれない。でも――僕達は、同じ痛みを、抱えている。共有している。願いを叶えてくれるアイテムが目の前にあって、そのとき願わないと、どうして言える?僕の春休みと同じく、それは願った結果というわけではないにしたって、清廉潔白の善人である羽川でさえ、ほんのわずかな、不和と歪みによって、猫に魅せられてしまったのだから――僕と忍との関係だって、本来的に、戦場ヶ原と蟹との関係、神原と悪魔との関係と、何も変わらないんだ。「構わない、阿良々木先輩」「構うよ――構わないわけ、ないだろう。何言ってんだよ。それに、戦場ヶ原のことはどうするんだよ。僕は、お前に、戦場ヶ原と……」? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?こうちゃく おちい340試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中「もう、いい。戦場ヶ原先輩のことも、もういい」神原は、それこそ身を切るような言葉を、口にした。「もう、いいから。諦めるから」いいわけあるか。諦めて、いいわけがあるか。願いは自分で叶えるものだと――お前の母親は、悪魔の木乃伊を、お前に託したはずだろう。決して、願いを諦めることを教えるためなんかじゃなかったはずだ――だからそんな顔をするな。そんな深い洞のような顔をするな。そんな泣きそうな顔で――何が諦められる。レイニー?デヴィル。(继续下一页)六六闪读 663d.com