第86章

                試用中試用中試用中007神原駿河の部屋を片付けたとき、炭酸飲料の握りつぶされた空き缶とかスナック菓子の袋とかインスタント食品のカップとかに混じって、それ一つだけ異様に違和感のある、長細い拵えの桐箱があった。時代を感じさせる色がついていて、それは神原の扱いが荒かったからだろう、傷だらけではあったが、分厚い、丈夫そうな箱だった。多分それは、何らかの骨董品でも――多分花瓶でも――入れられているのだろうと、僕は思った。この日本家屋の荘厳さのことを考えれば、こういう代物があって、それらしいものが中に入っていてもおかしくはない。しかし。箱は、空っぽだった。勿論、だからといってその箱をゴミと判断することはできず、僕はとりあえずそれを段ボール箱の上に積んでおいたのだけれど、話が本題に入るくだりで、神原は、その箱に手を伸ばして、そして、僕との間に、物々しげに置いた。そして、この箱には何が入っていたと思う、と訊いてきた。僕は思った通り、花瓶じゃないのかと答えた。「阿良々木先輩でも間違うことがあるのだな……こんなことを言うと失礼になるかもしれないが、私としてはほっとしたよ。救われたな。阿良々木先輩の人間らしさを垣間見せてもらった気分だ」「……で、何が入ってたんだ?」「木乃伊だ」神原はすぐに答えた。「左手の木乃伊が――入っていた」「………………」桐の箱に入った、左手の木乃伊。神原がそれを初めて使用したのは――小学生の頃だったという。八年前、まだ小学三年生だったときに、母親から、この箱を、託されたらしい。それが母親と会った最後だそうだ。箱を渡されてから数日後――まるでそれをあらかじめ予見していたかのごとき計ったようなタイミングで、神原の両親は、交通事故で亡くなった。神原が小学校で算数の授業を受けている最中に、遠く離れた高速道路における玉突き事故で、即死だったらしい。自動車が炎上してこしらきりばここっとうひんかびん そうごんミイラ? ? ? ? ? ?たく303試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中しまい、遺体は酷い有様だったそうだ。神原は、父方の祖父祖母に引き取られた。引き取られて――今の、日本家屋に。それまでは、両親と三人でのアパート暮らしだったそうだ――というのも、神原の父親と母親は、駆け落ちの結婚だったかららしい。誰からも祝福されない結婚だった、という。伝統と歴史ある家系の父親と、そういったものとは一切縁のない母親……だったとか。今時そんなことがあるのかと思うような話だが、そういうことはいくらでもあると、神原は言った。「母はそれで、随分辛い思いをしたようなのだ。父は――その風潮に逆らおうとしたみたいだが、無駄だった。ほとんど縁を切られていたようなものだ。実際、両親の葬式のときまで、私は祖父祖母に、会ったこともなかったよ。名前も知らなかった――祖父祖母も、私の名前を知らなかった。最初に訊かれたのは、私の名前だったよ」「ふうん……」上は洪水下は大火事。両親のことは全く気にしなくていい。そういうことはある――のか。とはいえ、神原の母親との確執があったにせよ、神原は彼らにとって息子の一人娘――即ち、自分の孫だ。引き取るのが当然ということで、神原は、それまで住んでいた土地を離れ、当然、通っていた小学校から転校することになった。馴染めなかったらしい。「言葉が違ったからな。今はこの通りだが、両親と暮らしていた場所は、そう、この家から出来る限り距離を置きたいという思いがあったのだろう、九州の端の辺りで、かなり方言が激しくて……いじめというほどではなかったにしても、からかわれて、それで、仲良くできなかった」「えっと……その小学校は、戦場ヶ原とは違う小学校だったのか?」「うん。戦場ヶ原先輩とは、中学からだ」「そっか」まあ、住所的には、そうだろうな。羽川とも、多分、違うはずだった。「今から考えれば、新しい環境で、周囲と不調和を起こしていたことについて、私自身に責任がなかったとは言えない。やはり、当たり前なのだが、両親の死は、私の心に徹えていたのだ。だから私は心を閉ざしていた。自分が心を閉ざしている癖に、周囲に対して自分に優しくしろとは言えないよな。けれど、こんな言葉も、今だからこそ言えることで――当時の私はたいたいなじこた304試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中だ、両親の死に、深く捕らわれていた。でも、だからといって、私は両親の思い出に浸ることもままならなかったのだ。思い出に耽溺することさえもできなかった。なぜならば、祖父と祖母が、父親の持ち物も母親の持ち物も、あまさず処分してしまったから。彼らは私を、両親とは全く関係のない人間として、育てたかったようだ」断っておくが、と神原は言った。「祖父と祖母は、二人とも、立派な人格者だ――私は彼らを尊敬しているし、ここまで育ててもらったことを、本当に感謝している。あくまで、彼らと両親との関係は、私の与り知らぬことだというだけのことなのだ」そうなのだろう。単なる確執というのには、時間が経過し過ぎている。そして、だからこそ神原に残された両親の思い出は、ただ自分の記憶の中にあるそれだけと、あとは、そう、母親から託された、その桐箱しか、なかったのだという。厳重に封こそされていたものの。開けるなとは言われていなかった。だから開けた。木乃伊の左手。ただし、その頃は――その木乃伊の左手は、手首までしかなかったらしい。箱の中には、母親からの手紙が一緒に、入っていた。いや、手紙と言えるほど内容のあるものではなかったようだ――その左手の、単なる取り扱い説明書だったらしい。願いを叶えてくれる道具だと。どんな願いでも叶えてくれる。三つだけ願いを叶えてくれる。そういう、アイテムなのだと。当時、学年が一つ上がって小学四年生、九歳だったのか十歳だったのか――どちらにしても、そういう夢物語を信じるかどうかといえば、微妙な年齢だろう。ぎりぎりセーフか、ぎりぎりアウトか、どちらかだ。サンタクロースを信じている子供の割合が、半々くらいになる年齢ではないだろうか? それとも、それは僕くらいの世代から見る、幻想という奴だろうか…(继续下一页)六六闪读 663d.com