第36章

                なことを言われるだなんて心外だな」「あら。根拠があろうがなかろうがいつでも私は阿良々木くんにはそんなことを言い続けてきたつもりだけれど、今回に限って、特に突っ込みでもなんでもないそういう否定の仕方になるだなんて、怪しいわね」「う……」「さては裸で土下座させるだけでは飽き足らず、そんな私の肉体、全身という全身にあますところなく、油性マーカーで卑猥な言葉をあれこれ書きまくる気ね」「そんなことまで考えてねえよ!」「では、どんなことまで考えたのかしら」「そんなことより、えーと、八九寺」強引に話題を変える僕だった。このあたりの手際は戦場ヶ原を見習いたい。「悪いな、ちょっと、時間かかっちまいそうだ。でも、この辺なことはわかったから――」「いえ――」八九寺は、驚くほど冷静な口調で――さながら、わかりきった数式の答を無感情に述べるよきぐらいくつしたあみひわい134試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中うな、非常に機械的な口調で、言った。「――多分、無理だと思います」「え……? 多分……?」「多分という言葉がご不満でしたら、絶対」「…………」多分という言葉に不満があったわけじゃない。絶対という言葉に満足したわけでもない。しかし――それでも、何も言えなかった。その口調に。「何度行っても、辿り着けないんですから」八九寺は。「わたしは、いつまでも、辿り着けないんです」八九寺は、繰り返した。「お母さんのところには――辿り着けません」さながら――壊れたレコードのように。壊れていない、レコードのように。「わたしは――蝸牛の迷子ですから」005「迷い牛」安らかな千年の封印の途中で無理矢理叩き起こされたかの如く眠そうな、その上でとてつもなく不機嫌そうな、唸るように低い声で、忍野メメは、そう言った。低血圧というわけでもないだろうが、どうやら忍野は、随分と寝起きが悪い方らしい。普段の気さくな喋り方との落差が、ものすごかった。「迷い牛だろ、そりゃ」「牛? 違うって。牛じゃない、カタツムリだって」「漢字で書きゃ牛って入っているでしょーが。ああ、阿良々木くんはひょっとして、カタツムリって片仮名で書いちゃってるの? 知能指数が低いなあ。渦巻きの渦の、さんずいを虫偏に変えて、それで牛。蝸牛だよ」うなうず へん135試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中「渦――蝸、ね」「単漢字としては、カ、とかケ、とか読むけれど、まあ、蝸牛以外にはまず使われない漢字だろうね……蝸牛の背負ってる貝殻、渦巻いてるでしょ。そんな感じ……他に、災禍の禍って字にも似てるけどね……ああ、そっちの方がむしろ象徴的かな? 人を迷わせる類の怪異はそりゃ数え切れないくらいにいっぱいいるけれど……行き手を遮る妖怪といえば、阿良々木くんだって塗壁くらいは知ってるんじゃない? で……、そのタイプで蝸牛だっていうなら、迷い牛で間違いないでしょ……ま、名前っていうのはこの場合、姿じゃなくて本質を表すものだからね、牛でも蝸牛でも同じことなんだよ。形って言うなら、ひとがたの絵だって残ってるし……。阿良々木くん、怪異ってのは、名前を考えた人と絵を考えた人が、別の場合がほとんどなんだよ。全てと言ってもいい――大体、名前の方が先行する。名前というか、概念かな。まあ、ライトノベルのイラストみたいなもんだ。ビジュアル化される前に、既に概念は存在している――名は体を表すとかよく言うけれど、あの体っていうのは、肉体、外観って意味じゃなくて、本体って意味だから……くああ」本当に――眠そうだった。しかし、その分、いつもの軽薄な調子がいい加減に抜けていて、僕としては話しやすいくらいだ。忍野と話すのは、とにかく疲れるのだ。蝸牛。マイマイ目の陸生有肺類巻貝。眼にする機会はどちらかというとナメクジの方が多いが、あっちは、貝殻が退化してしまったタイプ。塩をかければ――溶けてしまう。あれから。僕、阿良々木暦と戦場ヶ原ひたぎ、それに八九寺真宵の三人は、五度のリトライ、コンティニューを試み、法律間近の近道も気が遠くなるほどの遠回りも、例外なく全て試してみたが、しかし、結果から言うと、それらは全て、見事なまでの華々しい徒労に終わった。間違いなく、目的地の辺りに自分達がいることは確かだったが――けれど、どうしてだか、そこに辿り着くことは、できないのだった。最後には一軒一軒、しらみつぶしに探して回るみたいなローラー作戦までやってみたけれど、それすらも徒労だった。では、最後の最後の手段ということで、戦場ヶ原が、携帯電話の特殊機能で(僕はよく知らない)、GPSだかなんだかのナビゲーションシステムを作動させようとしたが――データのダウンロード寸前で、圏外になった。その時点で、ようやく――あるいは不承不承、遅ればせながら、僕は、この場で何が起こっかいがら さいかさえぎぬりかべりくせいゆうはいるいまきがいはなばな とろうけんがい136試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中ているのかを、完全に理解することができた。決してそうは言わなかったけれど、戦場ヶ原は、それをどうやら、かなり早い段階から察していたようだが――それに、誰より、一番深く状況を理解していたのは、恐らくは八九寺のようだったが、とにかく。僕は鬼。羽川は猫。戦場ヶ原は蟹。そして八九寺は蝸牛のようだった。となると――そういう状況になってしまうと、僕としては、そこで物事を投げ出すわけにはいかなくなった。これが普通の迷子であったのなら、このように自力でなんとかできなかったのなら、近所の交番にでも届けてそれで自己満足の一件落着といきたいところだったが、あちら側の世界が噛んでいるとなれば――戦場ヶ原も、交番に八九寺を任せるのは反対した。数年間――あちら側に浸っていた、戦場ヶ原。その戦場ヶ原が言うのだから――違いあるまい。とはいえ、勿論、僕や戦場ヶ原で、どうにかなるような問題じゃない――僕も戦場ヶ原も、何らそういう特殊能力を(继续下一页)六六闪读 663d.com