第32章

                きまで、なんだか、割といい感じだったのになあ……。「じゃあ、わかったよ……僕が読み上げりゃいいんだろ。えーっと……」メモに書かれている住所を、そのまま読む。幸いなことに、その中には、読みを迷うような漢字は一つもなかったので、流暢に読み上げることができた。戦場ヶ原はそれを聞いて、「ふむ」と言った。「そこならわかるわ」「そりゃ助かる」「私が住んでいた家を、通り過ぎてちょっといったところって感じかしら。細かいところまではさすがに無理だけれど、その辺は辿り着けばフィーリングでわかるでしょう。じゃ、行きましょうか」言うが早いか、戦場ヶ原は踵を返し、公園の入り口に向けて、大股で、歩き始めた。てっきり、子供の道案内なんて嫌だとか、もっとごねるんじゃないかと思ったけれど、案外あっさりさかゆめりゅうちょう119試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中と、引き受けてくれたものだ――いや、そうは言っても、戦場ヶ原は八九寺に向けて自己紹介もしなかったし、どころか八九寺と眼を合わせようともしなかったから、恐らく、戦場ヶ原は子供が嫌いだろうという僕の予想自体は当たっているのだろうけれど。あるいは、お返しとしての『何か一つ』ということで、戦場ヶ原は僕の頼みをきいてくれたというつもりなのかもしれない。あー。だとしたら、すごい無駄遣いしちゃった感が……。「まあ、いいか……行くぞ、八九寺」「え……どこへですか」本気でわからないという顔をする八九寺。こいつには話の流れが読めないのだろうか。「だから、このメモの住所。あのお姉ちゃんがわかるから、案内してくれるってさ。よかったな」「……はあ。案内、ですか」「んん? お前、迷子なんじゃないのか?」「いえ、迷子です」はっきりと、それを肯定した、八九寺。「蝸牛の、迷子です」「は? 蝸牛?」「いえ、わたし――」首を振る。「わたし、なんでもありません」「……あっそ。えーっと、じゃ、とりあえず、あのお姉ちゃんに追いつくぞ。あのお姉ちゃん、名前は、戦場ヶ原っていうんだ。名前負けしないくらいにツンケンしてるけれど、慣れれば結構、過激な味わいがあって癖になるし、本当は、割合素直な、いい奴だぞ。素直過ぎるくらいにな」「…………」「ああもう。早く来いっての」それでも動こうとしない八九寺の手を強引につかんで、引っ張るというか引きずるような感じで、僕は戦場ヶ原の背を追った。「あ、あう、あう、おうっおうっ」なんて、オットセイかアシカみたいな奇矯な声をあげながらではあったが、八九寺も、何度かは危なかったものの、最後まで転ぶことなく、僕についてきた。ききょう120試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中マウンテンバイクは後で取りに来ることにして。僕達はとりあえず、浪白公園を後にした。結局、正しい読み方も、わからないままに。004ここらでそろそろ、春休みの話。春休みのことだった。僕は吸血鬼に襲われた。襲われたというよりは、自分から首を突っ込んでいった――文字通り、鋭い牙に向かって、自分から首を突っ込んでいったようなものだが、とにかく、この科学万能、照らせぬ闇など最早ないというこのご時世に、僕、阿良々木暦は、日本の郊外片田舎で、吸血鬼に襲われたのだった。美しい鬼に。血も凍るような、美しい鬼に――襲われた。体内の血液を――絞り取られた。その結果、僕は吸血鬼になった。冗談のような話だが、それは笑えない冗談だった。太陽に焼かれ、十字架を嫌い、大蒜で弱り、聖水で溶ける、そんな身体になって――引き換えに、爆発的な身体能力を手に入れた。そしてその先に待っていたのは――地獄のような現実だった。そんな地獄から僕を救い出してくれたのは、通りすがりのおっさん、もとい、忍野メメだった。定住地を持たない旅から旅への駄目大人、忍野メメ。彼は見事に、吸血鬼退治を――その他もろもろまで含めて、やってのけた。そして――僕は人間に戻った。ささやかに、身体能力の片鱗――ある程度の回復力やら、新陳代謝やら、まあその程度――が残ったくらいで、太陽も十字架も大蒜も聖水も、平気になった。まあ、大した話ではない。めでたしめでたしというほどのこともない。既に解決した、終わった話題である。いくつか残っている問題らしきものは、月一で血を飲まれ続け、そのたびに視力やらが人間のレベルを越えてしまうくらいの問題らしきものは、そかたいなかしぼへんりん121試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中れはもう僕が所有する個人的なものということになっていて、僕が残りの一生をかけて、向き合えばいい程度のことばかりなのだから。それに――僕の場合は、まだ幸運だった。その期間は、所詮、春休みの間だけだったから。地獄はほんの、二週間程度だった。たとえば、戦場ヶ原は違う。戦場ヶ原ひたぎの場合。蟹に出遭った――彼女の場合。彼女は――二年以上、身体に不都合を抱えていた。自由の大半を阻害される、不都合を。二年以上の地獄――どんな気分だっただろう。だから戦場ヶ原が、らしくもなく僕に対し、殊勝にも必要以上の恩義を感じてしまっているのも、あるいは仕方がないことなのかもしれなかった――身体に抱えた不都合についてはともかく、心に抱えていた不都合が解消できたという成果は、彼女にとって、恐らく何物にも代え難い、得難い成果だったはずなのだから。心。精神。そう、結局、そういった種類の問題は、誰にも相談することのできない、理解者がいない種類の問題は、肉体よりも精神の方に深く、鎖を、あるいは楔を、打ち込むものなのかもしれなかった――ともすれば。言うなれば僕が、平気になったとはいえ、それでも朝、カーテンの隙間から差し込んでくる日の光が、未だに怖いのと、同じように――だ。僕の知っている範囲ではもう一人、僕と戦場ヶ原が籍を置いているクラスの委員長、羽川翼が、同じように忍野の世話になっているけれど――彼女の場合は、期間は僕よりも更に短く数(继续下一页)六六闪读 663d.com