第29章

                かったということなのだろう。戦場ヶ原の問題が解決したのは、誰のお陰でもない、戦場ヶ原の真摯な思いによるものなのだから。その意味じゃ――本当に不純だ。たとえ、何を願っても。僕は。「いや、そういうのは、別に、ないな」「ふうん。そう」果たして、深い意味があったのかなかったのか、あったとすればそれはどういう風に深い意味だったのか、それはとうとう不明になってしまったが――戦場ヶ原は、何ということもなさそうに、そう言った。「まあ今度、ジュースでもおごってくれよ。それでチャラってことにしようぜ」「そう。無欲なのね」本当に器が大きいわ。戦場ヶ原は、まとめるようにそう言う。この話はこれでおしまいという意思表示だろう。と。そこで僕は、正面を向いた。随分長い間、戦場ヶ原の顔を見ていた気がしたので、意図的に、あるいは、気まずさに眼を逸らすように、そっちの方へと視線をやったのだが――そこに。そこに、一人の女の子がいた。大きなリュックサックを背負った、女の子が。003しんし108試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中その小学校高学年くらいの年齢だろう女の子は、公園の端っこにある、鉄製の看板、案内図――この辺りの住宅地図に、向かっていた。こちらに背中を向けているので、どんな顔をした女の子なのかはわからないが、背負った大きなリュックサックがとにかく印象的で――だから、僕はすぐに思い出すことができた。そう、その女の子は、ついさっき、戦場ヶ原がここに現れるその前にも、ああやって、住宅地図に向かっていた。あのときは、すぐに立ち去っていったけれど――どうやら、また戻ってきたらしい。なにやら、手に持っているメモらしきものと、看板とを、見比べているようだ。ふむ。つまり、迷子って奴なのだろう。持っているメモには、手書きの地図か、あるいは住所が書かれているのに違いない。じっと、眼を凝らしてみる。すると、リュックサックに縫い付けられた名札が見えた――『五年三組八九寺真宵』と、太いマジックペンで、記されている。真宵……は、『まよい』かな。しかし『八九寺』……あの苗字はどう読むのだろう。『やくでら』……かなあ?国語は苦手。ならば、得意な奴に訊いてみよう。「……なあおい、戦場ヶ原。あの看板の前に、小学生、いるじゃん。リュックサックの名札の苗字、あれ、なんて読むんだ?」「は?」きょとんとする戦場ヶ原。「見えないわよ、そんなの」「あ……」そうだった。うっかりしていた。今の僕は、もう普通の身体じゃないのだ――そして昨日、土曜日、忍に血を飲ませてきたところである。春休み頃ほどではないにせよ、今日現在の僕は、身体能力が著しく上昇している。それは視力にしたって例外ではないのだった。ちょっと加減を間違うと――とんでもない距離にあるものが、はっきりと見えてしまう。別に見えること自体は何も問題じゃないのだが、他の人には見えないものが見えるというのは――あまり気分のいいことではない。こぬ? ? ? ?いちじる109試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中周囲との不調和。それは、戦場ヶ原の悩みでもあったのだが。「えっと……漢数字、十中八九の『八九』に、『寺』で、「八九寺』って並びなんだけれど……」「……? まあ、それは、『はちくじ』ね」「『はちくじ』?」「ええ。阿良々木くん、その程度の熟語も読めないの? そんな学力で、よく幼稚園を卒園できたわね」「幼稚園くらいは目隠ししてても卒園できるわ!」「それはいくらなんでも自分を高く評価し過ぎだわ」「突っ込みに駄目出しが入った!?」「思い上がりには感心しないわね」「僕はお前に感心してきたよ……」「真面目な話、『八九寺』くらい、少しでも歴史や古典に興味があれば、つまり知的好奇心がある人間なら、知っていそうなものよ。阿良々木くんの場合、聞くも聞かぬも、等しく一生の恥という感じね」「あー、はいはい。どうせ僕は学がないよ」「自覚があるのは自覚がないのよりはいいことだなんて思ったら大間違いよ」「…………」僕、こいつに何か悪いことしたっけなあ。お返ししてもらうとかいう話をしていたはずなのだが……。「ったく……。ああ、まあいいや。とにかく、じゃ、あれは『はちくじまよい』ってことか……ふうん」変な名前。まあ、そうは言っても、『戦場ヶ原ひたぎ』とか『阿良々木暦』よりは一般的かもしれない。とにかく、人の名前についてあれこれいうのは、あまり上品な行為ではない。「えっと……」と、戦場ヶ原の方を窺う。うーん。こいつ、どう考えても、子供が好きってタイプじゃないよな……転がって来たボールを、平気で反対方向へ投げてしまいそうなイメージがある。泣いている子供をうるさいという理由で蹴飛ばしそうだ。だめはじけと110試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中となると、一人で行くのが無難か。これがあるいは戦場ヶ原ではなく別の奴なら、子供の警戒心を解くためには、女子を一緒に連れて行った方がよくはあるのだが。やむかたなし。「おい、ちょっとここで待っててくれるか?」「いいけれど、阿良々木くん、どこかへ行くの?」「小学生に話しかけてくる」「やめておきなさい。傷つくだけよ」「………………」本当、酷いことを平気で言うよなあ、こいつは。いいや、後で話し合おう。今は、あの子だ。八九寺真宵。僕はベンチから立って、広場を挟んだ向こう側――案内図の看板の位置、そのリュックサックの女の子の位置まで、小走りに近付いていく。女の子はどうやら地図とメモとの照らし合わせに必死らしく、後ろから寄っていく僕に気付きもしない。一歩分、距離を置いた場所から、声をかける。できるだけ、フレンドリーに、気さくな風に。「よっ。どうした、道にでも迷ったのか?」女の子(继续下一页)六六闪读 663d.com