第88章

                ない。まして、背後からなんて――馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しいにも程がある。「だ、だけど――なんのつもりだ。こんなことを、今ここでして、どうなるってんだ――僕一人吸ったくらいで、羽川のストレスは――」「だから、もう一つの策にゃ――二番目くらいには手っ取り早い策にゃん。まあ、俺からしてみれば、一番冴えてる案にゃんだが」ブラック羽川はそう言って――べろりと、僕のうなじの辺りを舐めた。舐めると言っても、それはそんな官能的な感触とはなりえない――猫の舌は猫舌で、肉を削ぐための鉤舌だ。首の皮と肉がめくれて、どばっと出血したのがわかる。その血を飲んで――化け猫は笑う。「ストレスの大本――ストレッサーそのものであるお前がいにゃくにゃってしまえば、俺がいる必要もにゃくにゃるんにゃ。お前一人吸ったくらいで――じゃにゃい、お前一人にゃら、それで十分にゃんにゃ。人の気持ちを変えることはできにゃくとも――人の存在を消すことはできるにゃん」「そ、そんな――」エナジードレイン。死に至るというほどの例はなくとも――けれど、それは決して殺せないということではないのだ。精も根も尽き果てて――生き続けられる人間なんて、いるわけもない。でも、お前……ブラック羽川、そんなことをして、ご主人が喜ぶとでも。「俺のやったことはご主人の記憶には残らにゃい――だろう? 自分でやったことだとは思わにゃいにゃ。勿論、お前がいにゃくにゃってしまえば、ご主人は悲しむだろうが、それでも――今よりはマシにゃ。俺は感じるにゃん――こうしてお前を吸うことで、自分の存在が薄れていくのを――」「こ、懲りたんじゃねえのかよ――ゴールデンウィークに、羽川の両親を襲って……それだけじゃ済まなかっただろうが。人間のストレスは、そんな単純なものじゃ――」「それは違うにゃ――俺のあのときの失敗は、ご主人の両親を殺さにゃかったことにあるあいあい? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?311試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中にゃ。変にご主人に気を遣ったのが悪かった――死人を出すまいとしたのが悪かったにゃ。それに俺は懲りた。同じ轍は、二度と踏まにゃい――確実に殺す」「殺す――」なんて言葉だ。そんな言葉が、羽川の口から出るなんて――でも、それもまた、羽川の裏面で、羽川の言葉であるとも、言えるのかもしれない。ひっくり返せば、裏もまた表。それならば。存外、羽川は――喜んでいるのかもしれない。羽川がそんなことを望むはずがない――なんて、やっぱりただの幻想の押し付けなのかもしれない。願った結果――なのかもしれない。望んだから与えられた――のかもしれない。さっきの、嘘をついてでも羽川と付き合ってくれればという障り猫の提案だって、羽川の裏面であることは間違いがないのだ。それならば。「……はねかわ」それならば――これは確かにいい手段だ。命の恩人。羽川のためなら、何だってする。気持ちを変えることはできないけれど――死んでもいいって、思えるんだ。「まあ、幸せに思えよ――ご主人のいやらしい身体に抱かれて昇天できるんだからにゃ。最上の幸福を味わいにゃがら、干乾びろ」「…………」身体中の感覚が消えていく中で、さすがにそんな感触を楽しんではいられないし――そもそも、どちらかと言えば、胴に回されたそれぞれの腕手の、鋭い鉤爪が僕の腹筋に突き刺さって、その痛みだけがやけにリアルなのだけれど――それでも。羽川のために、死ねるのなら。「………………」いや――駄目だ。それは駄目だ。戦場ヶ原のことがあった――だから僕は、羽川に殺されるわけにはいかないのだ。羽川が僕を殺せば――そうでなくとも羽川の身体であるものが僕を殺せば、戦場ヶ原は確実に羽川を殺す。それは幻想でも押し付けでもなんでもない、あいつは確実にそれをやる。僕はもうわかっひから312試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中ている、戦場ヶ原は躊躇しない。そしてそのときの羽川に、それを防ぐ手立ては皆無だ。戦場ヶ原は羽川にストレスを溜める暇も与えないだろうから。だから――それは駄目だ。これは最低最悪の手段だ。「は……離せ」「ああん?」「とにかく――離せ」説明している余裕はない。障り猫は戦場ヶ原を知らない――いや、知識としては知っているだろうが、羽川が知る戦場ヶ原の知識では弱い。僕か、せめて神原クラスの知識がないと、戦場ヶ原ひたぎの危険性は認識できない……だが、それをここで逐一説明していたら、そんな間に僕がぺらぺらの紙みたいになってしまう。「命乞いかにゃん? それもいいにゃ――もしも今からでもご主人と付き合うっていうんにゃら、離してやってもいいにゃん」「ぐ……だから、それは無理だって――」「だろうにゃあ」ブラック羽川は言う。やはりあっさりと。「じゃあもういい。お前死ねよ」「………………」「それとも、誰かに助けでも求めてみるかにゃ? 今まで散々、色んな奴を助けてきたお前にゃ――誰かが助けてくれるかもしれにゃいにゃ」「誰かって――」誰だよ。八九寺か? 千石か? 神原か? 戦場ヶ原か?「助けなんて――無理だ」「無理? どうして」「だって、人は一人で、勝手に助かるだけだから――」「それはお前の意見じゃにゃいだろう?」静かに――そう言われた。「それはただの言葉だ――お前の気持ちじゃにゃい。言葉を真似しただけじゃあ、そんにゃものは幾らでも変わる――問題はお前がどういう気持ちでいるのか、にゃ」「……ぐ、ぐぐ――」いのちご313試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中「そりゃ、人は一人で勝手に助かるだけだけれど――助ける側に、そんにゃ事情が関係あるのかにゃ? 人を何人助けようが――それは勝手というものだろう」猫は言う。喉を鳴らしながら。「お前を助けたいと思っている奴が一体、どれだけいると思っている? それをお前は一人残らず、拒否するのかにゃ(继续下一页)六六闪读 663d.com