第84章

                レスはそれだけでは済まず、ブラック羽川はすぐに戻ってきてしまったのだが――ストレスの大本――か。「それは、忍野も考えてたみたいだけれど……そのストレスの大本を突き止めている時間がないだろうが。今回は、家族のことじゃないって感じみたいだし――」「突き止める必要がどこにあるにゃ? 俺が知っているにゃん」「……あ、そっか」うっかりしていた。297試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中こいつが羽川のストレスの権化だというなら、そのストレスの正体、それにストレッサーは、こいつ自身が誰よりも、本人である羽川よりも、詳しく知っているということになるのだ。だからこそ、こいつはまず、羽川の両親を襲ったわけだし――「いや、猫、それでもまだ問題は残るぞ。ストレッサーが判明したところで、僕らにはそれを解消する術がない。そこから先は羽川本人の問題になってしまうから――」他人に他人の悩みを解決できるわけがない。羽川の両親のことも――僕にはどうしようもない。他の悩みだって、同じことだ。「そのストレッサーが何だったとしても……まあ、それが何かは、気になるところではあるけれどな。タイミングから見て、進路のことなのかな? そう言えば本屋でも、進路の話をしているときに、頭痛がしていたみたいだし――迷いはないみたいな感じだったけど、案外内心では――」「進路のことじゃにゃいにゃ」「そうなのか?」「それに――この悩み、このストレスは、お前にゃら簡単に解決することができると思うにゃ」「簡単?」「簡単にゃん」「簡単なことで羽川が悩むか? いや、簡単だからこそってこともあるのか……ん? しかし、猫、お前ならって、そりゃどういう意味だよ」僕にできるなら――誰にでもできるだろう。しかし、それこそ誰にでも解決できるようなことで――羽川が悩むだろうか? 僕にできることが、羽川本人にできないわけがないはずで――ふと、右手首の時計を確認する。更に時間は経過していた。さすがに、戦場ヶ原はもう学校から帰っているだろう――しかし、仕事を家に持ち帰るつもりみたいなことを言っていたから、大変なのはむしろこれからのはずだ。羽川の抱えていた仕事を処理できるのは、考えてみれば、うちのクラスでは実力的に戦場ヶ原だけなのか……頭に猫耳を生やした状態でも、やはり羽川の人選に間違いはなかったということらしい。人選ねえ。しかし、もしそうだとすれば、僕をクラスの副委員長に据えたことは、やっぱり人選ミスだよな……そのせいで、羽川の仕事量はほとんど倍に増えているようなものなんだから。まあ、すべ? ? ? ?298試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中あいつなら、仕事量が十倍になったところで、余裕でこなしてしまうのかもしれないけれど――「いやにゃあ、人間。俺のご主人」ブラック羽川は若干、歯切れ悪そうに言った。「お前のことが、好きにゃんだにゃん」「……あ?」「だから、お前がご主人と恋仲ににゃってくれりゃあ、俺は引っ込むことができると思うんだが――にゃ? どうした?」「……いや」僕は歩みを停めた。というか――思考も停まった。なんだそりゃ?「それはどういう冗談だ? 僕だって全てのボケに突っ込めるってわけじゃないんだぞ……つうか、冗談だとしても、悪質過ぎるぞ。この世にはついていい嘘とついて駄目な嘘が――」「馬鹿だにゃあ、人間。俺に嘘をつけるような頭があると思うのか?」「………………」ねえよなあ。つくとしたらもっとマシな嘘をつく、というお決まりの台詞は、正直言ってあまり好きじゃないのだが(こちらがそう思うことを見込んでつかれる嘘というのもあるだろう)、この場合、そもそも嘘をつく能力が障り猫には備わっていない。嘘をついたことがない――と、羽川は言っていたけれど、それとは真逆の意味である。障り猫に嘘はつけない。だとすれば。「で、でも……猫、そりゃ、嘘じゃないとするんなら、お前の勘違いだよ。そんなことが、あるわけがない」「どうしてそう思うにゃ? 俺がご主人のことを誤解するわけがにゃいにゃん。他にゃらぬご主人のことにゃんだからにゃ」「羽川は……」誰にでも見境なく優しい。相手が駄目な人間であるほど、同情する。だから――僕なんかに。それに――春休みも。299試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中「お前にわかるのは、ストレスに関することだけのはずだろう? いや、知識は共有しているんだろうけれど、引き出せる知識と引き出せない知識が、そこにもあるはずだ。ありえないよ、羽川が、なんて――」いや。でも、いつか、戦場ヶ原に、鎌を掛けられたことがあったか――あの当時の、自己防衛意識と危機意識の集合体のようだった戦場ヶ原がああいう風に鎌を掛ける以上、そこには何らかの根拠があったのではないか?「だからよお」と、出来の悪い子供に計算機の使い方を教えるような口調で、ブラック羽川は言う。「それこそがストレスだって言ってんだよ――ご主人はお前のことが好きにゃのに、お前は別の相手と付き合ってんだろ? そして、それをまざまざと見せ付けている」「………………」一ヵ月前くらいから――頭痛。そう言っていた。今から一ヵ月前といえば――そうだ、母の日だ。僕と戦場ヶ原が、付き合うことになった日――そして、羽川は、その当日に、その事実を、知っていた――知らないことはない――委員長。何でも知っている。「しかし、羽川はそんな素振り――むしろ、僕と戦場ヶ原のことを、応援してくれてる感じっつーか、相談に乗ってくれたり――」「だからこそどんどんストレスが溜まっていったんだにゃ。お前よ、ご主人の性格で、略奪愛にゃんてできると思うのか? 公明正大、清廉潔白、何よりも和を重んじる――他人のために自分が犠牲ににゃることを当然だと思っているのにゃ。おくびにも出すわけがにゃいんだにゃん」愛は惜しみなく奪うもの――けれど。それができない者もいる。じゃあ、僕は、そんな人間に対して、相談を持ち(继续下一页)六六闪读 663d.com