第79章

                、階段でのコンタクトから、今まで、ずっと。思い出……記憶。羽川の記憶は――もう、消えない。僕としては、怪異とかかわった記憶など、消えてしまった方がいいと、それでも思うけれど――でも、やっぱり、それについては、忍野の言う通りなのだろう。忍野の言うような意味だけでもなく。僕も――やっぱり、忘れたくない。あの春休みのことを。あの地獄を。だって、全てはあそこから始まったのだから――「……忍――忍野忍」絶対に、見つける。見つけてみせる。僕はお前のことを、一生背負うって、決めてるんだ――「よし……そろそろ、休憩、終了だ」僕は、ペダルを再び、漕ぎ出した。ちょっと休んだだけで、体力は大部分、回復している――全くもってとんでもない身体である。星空はともかくとして――深い時間である。もうしばらくしたら、中学生の千石には家に帰ってもらわないとならない。そうなると、ただでさえ少ないこちらの戦力は、更に削減されることになる。事情が事情なだけに、警察に迷子の届けを出すなんて、とんでもないし……。それに、夜というのも、少しまずい。吸血鬼は言うまでもなく夜歩く――だ。忍は今や吸血鬼とはいえないが、それでも、夜の方が活動制限が少ないのは確かである――夜が深まれば夜が深まるほどその力は増す。危険も増す。今が夜の七時過ぎ……あと二時間くらいが勝負だ。急がなければ、と、僕は立ち漕ぎに切り替え、ペダルを思い切り踏み込む――と、がくん、と、急に、急ブレーキを掛けたがごとく自転車のペースが落ち、左右のペダルが重くなった。最初、あんまりにも無茶な駆動をさせすぎて、自転車が壊れたのかと思った。チェーンが切れたか、パンクしたか……、しかし、そうではなかった。後部座席に人間が飛び乗ってきたのだ。いや、人間とは言えないのかもしれない。ナイトウォーカー280試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中強いて言うなら、猫だった。「…………」「にゃおん」「…………」そうか……。吸血鬼と同じく、猫も……夜行性だったな。白い髪の、猫耳の、パジャマ姿の――よく知った、女だった。眼鏡は外している――夜目が利くのだ。その目つきが非常に悪い……目がどうとかいうより、表情そのものが、元の造りからは考えられないくらい、悪そうだった。上着は脱いでいた――暑かったのだろう。北風と太陽の話は、正しかったということか……期せずして、こうして羽川のパジャマ姿、その全貌を僕は目にしたわけだが、しかし、羽川が今の状態の羽川では、その喜びは半減と言った感じだった。そんなわけで。ブラック羽川が、そこにいた。「……何故いる」「ごろにゃん」「答えろ」そんな嘘臭い鳴き声が聞きたいわけではない。あの学習塾跡で厳重に縛り上げられた末、忍野によって厳重に見張られているはずの、ブラック羽川が――「そういうにゃよー、人間。ごろごろ」「猫撫で声を出しても無駄だ」「ふん。べっつにー。睨むんじゃねーよ、人間。にゃんか知らねーけど、俺が適当に暴れ続けてたら、ついさっき、勝手に縄の方から解けたにゃん」「ついさっき……?」ああ――そうか。夜行性――だ。ゴールデンウィークのときも羽川としての意識がわずかとは言え戻っていたのは、決まって、昼間だった――夜はこの怪異、圧倒的に力と、それに、支配力が増すのだ。なるほど、そういうところも、神原のときの猿に近い。281試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中「にゃはははは」ブラック羽川は快活に笑う。多分、何の意味もない。意味なく笑っている。知能も猫並み――忍野は、大本が委員長ちゃんだからどうとか言っていたけれど、僕はそんなことはないと思う……この状態の羽川翼には、何の裏もなさそうだ。いや、違う。この状態の羽川翼が、既に裏なのだ。あるとすれば、表である。「でも、忍野の見張りはどうした……」「俺は猫だにゃ。音を立てずに移動するにゃんて、お茶の子さいさいだにゃん」「そうだったな……そう言えば」忍野……今回のお前はやけに役立たずだぞ。どうも、らしくない。学習塾跡を訪れた際、なんだか様子がおかしかったこと、終始歯切れが悪かったことは、あれは忍が失踪していたからと、それらしき理由を説明することができるが(屋外に出ていたのは忍を探していたのだろう)、ブラック羽川の逃亡を、こうもあっさりと許してしまうなど……、考えられない。忍を逃がした直後のことだ。二度も続けて馬鹿なヘマをやる男ではない。と、言うことは……ひょっとして、忍野の奴、わざと、つまり故意に、ブラック羽川を解放したのか……? あらかじめ夜になれば解ける程度の強度で拘束しておいて(『勝手に縄の方から解けた』という障り猫の言い方が、それを裏付ける)、建物からの脱出も見て見ぬ振りをして見逃して……。ブラック羽川が僕の居場所を突き止めたのは、単純な嗅覚と聴覚だろう。猫はそれで、狩りをする。ただ、問題は、解放されたブラック羽川が、どうして僕のところへやってきたかだ――方法ではなく理由である。もしも忍野が故意にブラック羽川を逃したのだったら、当然、この動きもまた、あの見透かしたような男の思惑通りということになるはずだが……。だとすれば、何のために?それも――理由がわからない。ただ、あいつは、『時間がない』と言って、外法とやらを使ってまで、障り猫を強制的に呼きゅうかく282試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中び出した――本人に話を聞くために。僕と同じようにわけがわからなかったと言ってこそいたが、それは奴一流の韜晦であり、本当は、ブラック羽川の脈絡のない言葉の中から、手がかり足がかりとは言わないまでも、せめて何らかの糸口くらいは、つかんでいたのかもしれない……。「おい、猫……」「んにゃ?」「…………」自転車から降りて、ハンドルを片手で支えつつ、後部座席に座ったブラック羽川へと向かい合って、僕は、投げ掛けよう(继续下一页)六六闪读 663d.com