第70章

                もしれなかったが――「………………」しかし。そこで、はたと気付く。優等生、委員長の中の委員長、羽川翼が抱えていた、誰にも想像がつかないような、複雑な家庭事情それはわかった。僕の頭で理解するにはちょっと複雑過ぎたくらいだったが、羽川の理路整然とした説明のお陰で、正確に把握できた。羽川の、過剰なほどに真面目な性格のバックボーンが、そこにあるのかもしれないということ(そして羽川自身は、そうは思って欲しくないということ)も、得心いった――しかし。しかし、である。それは、顔面の半分が、ガーゼによって隠されている説明にはなっていない。全く、なっていない。そもそもはその話ではなかったか。「……そうだね」羽川はここでも――失敗した、という顔をした。これは本当に、ただの失敗だったのだろう。ことさら247試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中「私、何を言ってるんだろう――これじゃ本当に、阿良々木くんで憂さを晴らしただけじゃない」「いや、それは別にいいんだけどな――」「誰にも言わないって、約束してくれる?」そんなことは言わなくてよかったのだ。たまたま出会っただけの僕に、本来なら、そんなことまで言う必要はない――なんなら、本当に、憂さを晴らしただけでも、よかったのだ。けれど、誰に対しても品行方正であろうと、誰に対しても正しくあろうと、誰に対しても誠実であろうとする羽川翼は、これで、僕に、顔面のガーゼの理由を、説明しないわけにはいかなくなった。言う必要なんかないのに。聞く資格なんかないのに。「約束……する」「今朝、お父さんに殴られたの」あっけなく、笑顔で言った。照れたような、はにかみの笑顔。それもまた――いつも通り。結局、いつも僕は後からしか気付くことができないのだが、あるいはこれが、羽川翼にとって、最後のトリガーだったのかもしれないと思う。父親に殴られたことではなく――僕にそれを話してしまったこと。僕にそれを知られてしまったこと。それが、ストレスでなくて――なんだろう。「殴られたって……それは」けれど、そのときの僕は気付かない。ただ――驚いていた。いや、怯えていたと言ってもいい。父親が娘を殴るなんてこと――あるわけないと思っていた。いや、考えたこともなかった。ドラマや映画の、作り事だと思っていた。そんなことに、血の繋がりや家庭事情なんて、一切関係ないだろう――あってはならないことだ。羽川の顔を見る。覆われた左半分。じゃれあって、スキンシップでできた怪我なんかじゃない――? ? ? ?おび248試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中「それは、駄目だろう――!」家庭に不和と歪みを抱えている。それ自体は不幸じゃない。何も背負っていない人間なんているわけがない――生まれや育ちで人を差別することがあってはならないのと同様に、生まれや育ちで、人に同情したり、逆に人を羨んだりすることがあってはならない。わかりやすい、目に付きやすい事情があったとしても、それはわかりやすいだけで、目に付きやすいだけで、不幸でも何でもない――のかもしれないけれど。殴られたら、それは駄目だろう。羽川は、理由を説明した。自分が殴られた理由を。それは、第三者の僕としては、とても、納得いくようなものではなかった――他人の家庭に口を挟むべきではないのは重々承知している。僕が納得いくかどうかなんて、僕の気分なんて、それこそ関係ないだろう。要は、学校でもたまにあることだった。常に正しくあろうとする羽川は、少なからず、誰かと衝突することもある――今回はその相手が、父親だっただけに過ぎない。暴力をもって応えられたに過ぎない。「冷めた家族じゃ――なかったのかよ」「ちょっと、冷め過ぎちゃったのかな――それとも、私が、今更ながら、歩み寄ろうとか、思っちゃったのかしら。折角バランスが取れてたのに。だったら、私が悪いってことだよね。ほら、だって、考えてみてよ阿良々木くん。もしも、阿良々木くんが、四十歳くらいでさ――見も知らぬ十七歳の子供から、知ったような口をきかれたとして? ちょっと腹が立っちゃっても、かちーんときちゃっても、それは仕方ないと、思わない?」「だけど!」見も知らぬ十七歳の子供?なんだそれは。どうして、そういう風な言い方をする。血は繋がってないのかもしれないけれど、それでも、三歳の頃から、同じ家で育ってきた――家族のはずだろうが。「暴力が仕方ないなんて……お前がそんな言葉を吐いちまっていいのか? それは、お前が、最も許せないことじゃ――」「い……いい、じゃない。一回くらい」? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?249試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中試用中僕は――とても短絡的に、怒っていた。どうしてかは、わからない――恐らくは、自分の恩人である羽川が、そんな目に遭ったことに対し、怒っていたのだとは思う。しかし、僕の怒りは、その羽川を追い詰めることだけだった。羽川が、何とかして折り合いをつけようとしているところに――無粋な正論を振りかざしたに過ぎない。正論は人を傷つける。いつだって。いいじゃない、一回くらい――なんて。それこそ、言わせていい言葉じゃなかったのに。友達が相手であろうとも教師が相手であろうとも、悪いことは悪い、駄目なものは駄目とはっきり言うのが、羽川翼のスタイルだ。だから、たとえその結果殴られることになろうとも、親に対して、悪いことは悪い、駄目なものは駄目とはっきり言ったこと――それは、それだけなら、羽川はまだ、立派に羽川翼のままでいられたのだ。それなのに。僕は言わせてしまった。いいじゃない、一回くらい――その言葉は――人生の否定だ。自分自身の否定だ。「約束したよね、阿良々木くん。誰にも言わないって――約束してくれたよね」学校にも。警察にも。いや、誰より、羽川自身に対して――二度と、この話題を持ち出さないと(继续下一页)六六闪读 663d.com